人類の未来はどうなるんだろう?
真夜中、書斎の肘掛け椅子に座り、うとうとしつつ人類の未来について考えることがしばしばあります。ホモ・サピエンス・サピエンスが生まれて10万年、われわれ人類は目覚しい発達を遂げてきました。
とりわけ1900年から2000年にかけての進化は凄まじいものがあります。新聞、ラジオ、テレビ、インターネットというモノの失火を辿り、今日、われわれが得る情報量は100年前の数万倍に達していると言っても過言ではないでしょう。そして、情報量の増加に伴い、無意識層で蓄積されていく知識量は、100年前の人間の数万倍に達していると考えることができます。勿論、あくまで無意識層での話です。意識下においては、われわれは蓄積された知識情報のうち、ほんの一握りの情報しか取り出すことができません(あ、でも著名な学者様方は別ですよ~)。
無意識下で蓄えられた知識は、その人の脳を経てDNAに書き込まれます。そして、その潜在的な情報が、ある「かたち」で子へと受け継がれます。なにも、直接的な情報の受け渡しに限りません。そのうけつがれた「かたち」が「潜在的な情報量の和=知識の器の大きさ」と捉えるとどうでしょうか?子は親よりも「より大きな情報の受け皿」を持つことになります。そして、これが何世代にもわたって繰り返されると、どうなるでしょうか?以下の数式で考えるとものすごいことになります。
Ki=total knowledge(i世代のひとの知識の器)
α=coefficient(係数:受け継がれる知識の乗数)
Ki=α×Ki-1
仮にi=20(20世代)ならば・・・
K20=α×α×α・・・×K1(第一世代)
=α^20(αを20回掛け算)×K1
α=2とすると(おじいさんの2倍の知識の器を親が持つ)
K20≒1000000×K1
つまり、20世代後の人間は1世代目の人の100万倍の知識の器を備えているということになります。
空想がかった自論をかなり述べてしまいました・・・みなさまのつっこみお待ちしております(笑)。このお恥ずかしい前置きを経て紹介する本がこれです。
著者はA・C・クラーク博士。皆さん知ってますよね?えびすはこの本を最初に読んだとき(若かりし学生時代)、かなり衝撃を受けました。新しい人類(幼年期の人類=現在の人類からもう一段進化した人類)は、人間のような身体、感情、生きる目的を持たない。そして、死という境界線が引かれていない。もはや、新しい人類には「時間」という概念は存在しないのではないでしょうか。時間概念の消去=永世、確かにわれわれ人類は終極として永世を求めるかもしれません。しかし、永世を得ることで失うものはあまりに大きすぎる・・・。
本書から得られるものは、何も未来の人類の姿(クラーク博士の想像)だけではありません。もっと哲学的な、人間の根底的なところにある何かを感じ取ることがきるはずです。読まれたことのない方は是非詠んでみてくださいませ。
※2001年宇宙の旅もいいですが、えびすとしては、「未来に向けての人類のシフト」がより捉えやすい幼年期の終わりをおすすめします。
