さて、久しぶりに六本木ヒルズのテレ朝正面にある「TUTAYA+スタバ」でのんびり休日を過ごしております。半年振りぐらいなんですが、なぜかなつかしいさを感じる・・・うーん、なんでだろう。感覚が鈍ったのか、それとも研ぎ澄まされているのか、芸術鑑賞でもして確かめてきます。
さて、席について私がいつも行っていること、それは「人間・街観察」であります。
東京のど真ん中にしっくりと腰を据えて、通り過ぎる人たちを観察していると、街がどのように変わりつつあるのかを感じ取ることができます。
今回、「TUTAYA+スタバ」にて感じ取ったこと、それは以前にも増して「一人」でもくもくと何かに取り組んでいる人が増えたということ。私も大学生時代は頻繁に通っていたので、顔見知りの人も幾人かいます。東欧の色白美女「ナタリー」はいつもここで日本語を勉強しています。席は必ず二階。朝の早い時間から夕方ごろまでがんばっています。応援したくなっちゃう。40代ぐらいの、眼光が鋭く、いつもヘッドフォンで何かを聞いている「中島」は、グランデサイズのタンブラーを片手に大量の雑誌に目を通しています。えびすも彼らと同じくらい店員の間では知られていた存在であったことだろうと思います。何せ、朝から夜までずーっと同じ席で読書していたものですから・・・12時間突破なんて日もありました(笑)。(あ、個人的な名誉のために述べておきますが、店内が混雑してきたらちゃんと退席するマナーはちゃんと持っていますよ~)
さて、私の「第二の学び場」から紹介する本はこちらです。
毎日新聞の連載コラムをまとめた春宵十夜もさることながら、他のコラムも非常に感銘を受ける。岡潔の実経験から生み出された珠玉の名言は心に染み入るものばかりだ。また、平凡な言葉で書かれているので、非常に読みやすい。
岡が心配しているのは、日本の将来の姿。つめこみ+おしつけ型の教育(20世紀半ば)に懸念を表し、教育の根本を変えていく必要性を随所で語っている。彼自身の経験に基づく提案は説得力がある。その反面、彼は読者がすべてを肯定することに危惧を感じ取ってもいる。「心配している、ただそれだけ」・・・多くの読者がその先を考えようとはしないことに不安を覚えている。
主体的に考えること、時間をかけること、礼法をわきまえること…彼が「人間の形成」に必要だと考えた「こと達」は今の日本社会に還元されているだろうか。そして、今の日本社会は「彼が心配した未来の日本」になってはいないだろうか。本書は教育者の道に歩もうと考えている学生に是非とも読んでいただきたい一冊である。
※教育改革を行っていくうえで大切なこと、それは急激な変化を与えないこと。ゆっくりと、時間をかけて、未来を見据えて政策を施していくことが大切。だけど、昨今の社会では「ちんたらやっていてはダメだ」という考え方が広まっています。慢性的に利益ばかりを重視してきた戦後の日本社会が築いた「こうあるべき姿」は、大人の世界だけでなく子供の世界にまで広がっています。幼い頃より、「勝ち組」にはいるために親に支配された時間が子供たちの「成長」から奪ったものははかり知れない。ある程度の自由と裁量を与えてあげなければ、「勝ち組」に入ったとしても「家畜身」に成り下がってしまうような気がしてなりません。
