2月も終わりです・・・そういえば今年はオリンピックの年。でも、我が家にはテレビがない。テレビがないと、オリンピックも「なんかどうでもエエですわ」みたいな感覚になっちゃいます。もっとも、そんな感覚になっちゃうのは僕だけかもしれませんが・・・。えてして感動を取り込むfieldを広くすべきなのですが・・・いやはや、その他のfieldでの感動で一杯一杯な今日この頃です。
さて、書評が新書続きですいません・・・今日の一冊はこれです。
フィンランドといえば、子供の学力が高いことで有名である。その背景には、学習方法の工夫、少人数授業などの取り組みがあり、生徒全体に「学習」の基礎を徹底して身につけさせようという、国の熱意が伝わってくる。
大学は全て国公立であり、学費は無料。加えて17歳以上の学生には月500ユーロが支給されるため、安心して勉学に取り組むことができる。ただし、大学入学はかなり難しいく、高校卒業後にアルバイト・社会人を経験しながら勉強を続け、入学するものも多い。
思えば、日本も2000年までは世界第一位の学習到達度項目を有していたのだが、近年ではその順位は下がる一方である。なぜ日本の学力はこの10年ほどでがくんと下がってしまったのか。
一つに、生徒の「教師への尊敬の念」が昔と比べて、格段に小さくなってしまったことがあげられる。フィンランドでは、教師になるには難関な試験をパスする必要がある。そして何よりも、教師の教えることへのプロ意識が高い。そこには、日本のように「安定職としての教師」ではなく、「国を担う者を育てる職としての教師」として、「教える立場の尊厳さ」を国民が抱いている点が大きく現れている。
もちろん、フィンランドの教育方法だけを日本にそのまま取り入れようとしても失敗に終わるだろう。教育以外の社会環境のrebuildが必須用件であることは間違いない。「きちんとこつこつ学びを続けること」が報われる社会。失敗しても、選択を間違えても、その後の頑張りで取り返しのつく社会。今の日本社会は、誰もが皆「おそれ」を抱いているような気がしてならない・・・「おそれ」を「きぼう」に変える何かを築かなければ、若者の未来はますます暗いものになってしまうだろう。
※個人的な意見がかなり混じった書評になってしまいました。上に述べたこととは反対に聞こえるかもしれませんが、ほんの一握りの成功者がクローズアップされすぎて、多くの若者がに希望を抱かせるのも少し考えものなのかもしれません。こつこつ頑張ること、上を求めすぎないこと、輪を大切にすること・・・上流の世界への羨望が表面に現れすぎた後となっては難しいことかもしれませんが、日本人の大多数がこの3心を持つことができる社会になれば、「豊かな社会」を築けるのではないでしょうか。
