2010年3月17日水曜日

つぶやいてますか?

皆様、つぶやいておりますか?私の周りの住人もTwitterで、がんがん発言している人が結構います。まぁ思ったことをどしどし書き込めばいいわけで、文の前後関係・文脈はあんまり考えなくていいわけで、相手の反応を予想する必要もないわけで・・・これらが意味するところはなんでしょうか?

Twitterがここまで流行した背景から、「物事を考えるのがめんどくさい」という風潮を読み取ることができます。一つの題材を掘り下げること=思考力、読者の誤認の恐れ=文章力、一連の流れを組み立てること=構築力 これらの能力全てが、Twitterでは無用の長物となっております。必要なのは、「気分」だけ。気分が乗ったときに、気分に乗った言葉を書く・・・うーん、なんだかもったいないなぁ・・・文章に色気を出すに、140文字では少なすぎると思うのは僕だけでしょうか?達人なら、140文字もあれば十分なんでしょうけどね。

Twitterの良い面も勿論あります。例えば、何気ないつぶやきから、他者との思いもよらない連関(創発とでもいいましょうか)が生まれると、ものすごく気持ちいい。ブログのような長い文章に対するresponse形式の「答え」ではないため、Twitterへの「答え」に含蓄されている意味合いは一つに定まりにくいのでしょう。そこから何を汲み取るかは、その人次第的なところがあるため、「ぶれ」が発生するわけであります。

で、僕がTwiitterを取り上げて言いたいこと、それはTwitterと「芸術」との連関性です。140文字のうちに、渾身の能力を駆使して、珠玉の言葉を埋め込むという点で、Twitterは「至高の言葉」が世界規模で生み出される可能性がある、「意識的な創造の場」であります。その一方、投稿された何気ない言葉が、思いもよらない連関・発見をもたらすという点で、Twitterは「無意識的な創造の場」でもあります。二つの反する「創造」を誘発しうる場としてのTwitter。非常に興味深いSNSであります。

※まだまだ珠玉の名言を紡ぐTwitterは少ないです。今後、その数が増えるのかどうかはわかりません。何せ、時流が「楽なほうへ、楽なほうへ」と急速に加速しているように思えるからです。一概に悪いと決め付けてしまうのはよろしくないでしょうけど。僕としては、Twitterは記憶メモ程度の活用でいいかなと思っています。皆様はTwitterをどのように活用されていますか?