さてさて、TVなし生活のおかげで、今年に入り60冊の本を読み終えることができたえびすが紹介するtoday's bookはこちら。
「日本思想という病」
久しぶりにヘビーな内容の本に出逢ったように感じる。およそ、日本の近代の歴史、現在の政治情勢を把握できていないと、本書の内容を味わうことはできないだろう。一昔の書物にあったように、「ある程度の下準備」をしてから読むのが著者たちへの「礼儀」であろうか。まぁ、そんなことまで口出し・教養すべきではないのは百も承知ではあるのだが。
日本の思想とは一体何か。この素朴な疑問に答えるのがどれほど難しいことであるか。日本の古来からの歴史を鑑みれば容易に想像がつくであろう、そう、確固たる思想(およそ哲学的な考え)というものが日本には古来より存在していない。いや、存在はしているのだろうが、「つかみにくい」のだ。
この「思想のつかみにくさ」が我々の政治・社会に引き起こしたもの、それは、「誤った言葉の使用」である。例えば保守。今の日本社会で保守といえば、伝統文化を守るとか、国のしきたりに忠実になるという感じに捉えられているようだが、本来はそのような意味ではない。保守とは、「理想社会など所詮ユートピアなんだよ。そんなものできるはずがない。我々の社会に完全など存在しない。不完全ななかでベストを探していくだけだ」という姿勢に根源を持つ。以外に聞こえるかもしれないが、現状の問題を解決していくために、改革を進めていく姿勢こそ保守の意味するところである。
本書の前半では、上に示した「保守」に端を発し、政治・社会でまかり通っている様々な習慣・考え方について「ほんとか、それ。」という疑問を発していく。そこから見えてくるものは、目からうろこ、非常に興味深いものばかりだ。例えば、話が繋がりやすいからといった感覚で、不用意に「昔の習慣が現在の習慣の基盤に生きている」といった感じの思想の展開ほど危ういものはない。関連性は小さいのに、無理矢理「それっぽく聞こえる・みえる事柄」を当てはめようと躍起になってしまう。その背景には、権力・名声に駆られる「人類の性」を垣間見られる。そして、無知な大衆は、その考え方に疑問を持つことなく、丸ごと吸収してしまう。
諸悪の根源はどこにあるのか。丸山真男が述べるような視点ではなく、もっと「人間的な」視点から眺めると、ある種の全体主義に偏りやすい本姓が、我々日本人の根本に潜んでいることが見えてくる。大局観としての日本人の本章を捉える分には、歴史ある習慣・考え方を持ってきても納得いくが、個人や、小さな組織にまでこの大局観を持ってくることには疑問が附く。個が総を形作るわけではあるが、個が内包する「習慣・考え方の振れ幅」は総のそれよりも、大きなものであるのは間違いない。
本書の後半は、日本の哲学者・政治学者・経済学者を取り上げ、過去の政策や社会情勢がどのように変遷していったか、そして、今われわれはどういった舵取りをしていくべきかについて述べている。もっとも、社会現状を分析しただけで、時流にあった新しい具体的な解決策は何も提示されていないのだが。
※うーん、この本には苦労させられました。なにせ、内容が結構なものでしたから。政治に疎いのを省みて、本書から知識を創っていこうと考えていたのですが・・・無計画もいいところでしたね。大反省。だけど、政治に疎い僕にも、本書の魅力は訴えてくるものがあります。とくに「疑う」「考える」「逆を取る」ことで、当事象が、一面だけでなく多数の面から成り立っていることに気づくことができます。そして、各々の事象について深く思慮すること・・・これを継続的に活用するようにするれば、独自の理念・信念に基づく「強い思考力」を手に入れられるはずです。いやはや、精進あるのみであります。
