うむ、デザインがいいですね。データ検索時間もグラフ作成時間もかからずに、このレベルの統計データを無料で提供してくれるGoogleさまさま。高校生にもどんどん活用させたいツールです。
さて、今日は久しぶりに映画を観てきましたので、そちらをご紹介。

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ハート・ロッカー
危険物処理班と聞いて我々が頭に思い描くのは、どういった人物像だろうか?広くは映画やTVで紹介されている、skinnyに爆弾の解体を進めるスペシャリスト。最後の数秒で、爆発を食い止めることに成功する英雄といった人物像を思い描くだろう。しかし、現実の世界は往々にして、我々が思い描く像を裏切る・超えるものだ。
爆弾の威力、それは様々である。原子爆弾のような大型爆弾もあれば、手榴弾や地雷のような小型の爆弾もある。ハートロッカーが取り上げるのは、市街に設置された爆弾を処理する小隊の「爆弾処理の日々」。それは我々が想像する以上に危険で過酷な日々である。
イラク戦争以後、市街で過激派による爆弾テロが多発している国、イラク。そこに潜む「悪意」が引き起こすテロは絶えることがなく、卑劣さを極めている。彼らは単に爆弾を仕掛けるだけではない。如何に、相手側に「犠牲」を払わせるか、そこまで緻密に計算してテロを起こしている。
本作で最も印象的だったのは、人間の体に爆弾を埋め込む「人間爆弾」だ。アメリカ兵と親しくなった子供をターゲットに、彼を殺し、その体に爆弾を埋め込む。アメリカ兵はその子供を見つけて、どうするか…爆弾を処理するには、彼の体を「爆破」するか、彼の体を「切り刻」み爆弾を取り出さなければならない。精神的なダメージは計り知れないものとなる…。
最後に、作中で自身の赤ちゃんと戯れる主人公が漏らした印象的な言葉を綴っておこう。
「今は宝のように思える物も、やがてガラクタになっていくんだ」
何かをきっかけに、宝物がガラクタに変わる。戦争もそんなところから起きているのではないだろうか。ほんの少し、見方・考え方を変えるだけで、当事者の様相は様々に変化する。ただし、その変化は、一度限りのものではないはずだ。悪化した関係も、かならず好転することができるはずだ。一人の人類として、世界の構成員の一人として、そうあると信じたい。
※やはり映画館で観ると迫力が違いますね。四方八方から爆発音が放たれるものですから、その度にビクついていました。さて、作品の内容ですが、「正しきはアメリカ」という観点からではなく、「弱きものを守る必要性」を訴えているような気がしました。戦争で勝利したにも関わらず、イラクの市街で危険な爆弾を処理し続けるアメリカ兵の目的がどこにあるのか。そこらへんを汲み取ると、イラク・アメリカ双方が抱える問題は、「堂々巡り」(武が争をよび、争が裂をおこし、裂のうちに新たな武が生まれる)に加え、「何を持って解決とするのか」の見極めができない問題であると思わざるを得ないです。