実はこの文章もiPadで打ち込んでおります。タッチパネル式ということで、打ち込みがしにくいのではないかと、入手まえは懸念しておりましたが、実際に使ってみてその心配は無用だったこと実感しております。カッコ等の入力がめんどくさい点を除けば、iPadのキーボードは十分に実用に耐えうると思います。
さて、今日紹介するのはこちら。最近NHKでも話題になっているあの教授の著書であります。
1984年にこの世におり立ち25年の生をまっとうしてきたが、正義という言葉の定義について、真剣考えたことはついぞなかったかのように思う。おおよそ、周囲の人間、環境、教えに従うことが、そのまま正義のあり方なのではないかと思っていたのだろう。しかし、それは正義のほんの一面でしかないことを、本書を通じて知ることとなる。
この世において正義という言葉を完璧に当てはめうる場面、事象は存在しないというのがサンデル教授の主張であろうか。たとえ、自分がよかれとおもってしたことが実は誰かの幸せ、価値観を傷つけていることがある。車イスを利用している人を手伝うときの例をあげよう。彼らは自分たちでできることは自分で行なうというポリシーを持っている人が多い。車イスを押してあげた方がきっと幸せだろうと勝手に考える私は、相手の同意無しに、車イスを押してあげる。相手にとっては、余計なお世話以外のなんでもない。二人の間で齟齬をきたした原因はなにか…。本書ではカニバリズム、同性愛、代理出産、Affirmative Action(差別是正)etc...といった、答えが一つに定まらないケースを取りあげて、カント、ロールズ、ミルやアリストテレスの哲学を参照しながら、正義の一面一面を細かく分析していく。
具体的な考え方として、功利主義と自由主義をあげ、各々の観点から上にあげたような問題に取り組んでいく。車イスの例もとに、車イスを押す人の立場を、功利主義的に考えると、次のようになるだろう。ー車イスを押してあげた方がきっと楽だろうし、移動時間も早くなるから僕にとってもメリットがあるぞ。ー
サンデル教授が伝えたかったことはなんだろうか。曲がりなりにも私の考えを述べさせてもらうとこんなかんじだろうか・・・我々が生きている社会では、物事を一つの面からしか捉えない・評価しない風潮がある。そして、その評価は往々にして自分の利益が最大になるようになっていないだろうか。はたして、それは本当に正しいことだと言い切れるだろうか。カントの言葉を借りると、正義・道徳とは本来、利害関係を排除し何の見返りも期待されないこと前提としたうえで、それでもなおその判断を下すのが正しいと考えられる時に立ち現われてくるものだ・・・
今後、グローバル化が一層加速するにつれ、多くの正義の対立が健在化してくることだろう。その時に、我々が為すべきこと、それは相手の意見・考え方を押さえつけることではなく、互いが対立するにいたった経緯・文化的背景・経済的背景を根気強く理解していくことだ。個の主張から共の同意へのシフトが必要な時代へと突入していくのは間違いない。
※本書はハーバード大学での講義の内容をすこし深く掘り下げた書籍であります。大学での講義内容は、ハーバード白熱教室という題でNHKで放送されておりますので興味がある人は是非ご覧ください。英語で講義内容を聞き取ることが出来る人は、無料でiTunesから全講義をダウンロード出来ます。学生の意見のぶつけ合いは迫力がありますね。日本でもディスカッションを間接的にとりこんだ講義もっと増やして欲しいモノです。
