さて、研究者生活に別れを告げる決意を固めたえびすが紹介するブログはこちら。
エンジニアが自分で作り上げた「works」にささげる愛情は、並々ならないものがある。作り上げるものはあくまでも「モノ」ではあるが、まるで「我が子」のように愛でるものだ。とりわけ、苦労が大きいほど、愛情は深くなる。
さて、愛情をこめて作り上げたわが子もいよいよ旅立ちのときが来た。ここでいう旅立ちは、人間で言うところの成人式(人によっては入社式だったり、卒業式だったりする)に相当するだろう。この日まで、親はわが子が社会で挫かないよう、立派にやっていけるよう愛情をこめて育ててきたに違いない。そして、期待と不安を持って我が子を送り出すのだ。傍からこそ離れてしまうが、親は子を見守り続けるものである。その命が続く限り・・・
子の成長は何も子のうちで終わるわけではなく、親の成長にも深く関わってくるものだ。親がそれを実感するのは難しいことかもしれない。しかし、子からみると、「子を通しての親の成長」は一目瞭然であったりする。自身の成長は計るのが難しいが、近しいものからみればそれは明確に現れているものである。それは何も大人に限ることではなく、子も同じように親の成長を感じ取っている。ただ口にしないだけ・・・なぜなら、照れくさいし、気取って見られるかもしれないからだ。子の成長は親の成長と密接な関係を持っている。
はやぶさもエンジニアとの間で人間で言うところの親子関係があったに違いない。宇宙へと旅立ち、遠く離れた所から見守ってくれていたエンジニア達・・・はやぶさは宇宙滞在を経てエンジニア達の成長に気付いていただろうし、そしてはやぶさ自身も宇宙の謎・開発に繋がる貴重な情報をたくさん吸収し、大きく成長したことだろう。今回の期間を経て、エンジニア達は成長したはやぶさと接することで、更に大きく成長するに違いない・・・はやぶさの役目はまだ終わっていない。エンジニアの命が続く限りは。
※うーん、なんちゅー感動的な実話なんでしょうか。長年かけて築き上げた努力の結晶が役目を終えて帰ってくる・・・そして、次の時代への架橋となる。今回のはやぶさ帰還を契機に、親子のありかたについて考えることができるとは思いもしませんでした。はやぶさ、貴重な思考のきっかけをありがとう。そしてお疲れ様。