鳩山さんの辞任のタイミング、ちょっと理解に苦しむ。なんでやねん、このタイミングでする理由は何やねん。と多くの方が突っ込みを入れたくなるものと思います。あと半年くらいは続けてほしかったなぁ・・・と。第一党として掲げた政策の多くも未だ中途半端な状態です。この状態でリーダーが失脚してしまうと、中途半端であった政策が余計に右往左往してしまったり、しいては白紙化してしまったりしかねません。社会的にいい方向性を持っている政策もその中に含まれることは多々あるのではないでしょうか。リーダーが失脚することの一番の弊害は党の統制力の低下などではなく(もはや日本に党はいらないのではないかと…いろいろ難しいところではありますが。)、国民に直結する良い政策の白紙化ではないかなと思います。うーん、ほんとうにもったいない…。
あと、鳩山さんを攻めすぎるのもいかがなものかと。四六時中メディアに粗を探され、国民から罵倒を浴びせられ続ければ、そら、いくら心の強い方だって身を隠したくなるのも無理は無いでしょう。国のリーダーも一人の人間であることをわすれちゃいけません・・・白州正子の言葉を一つ-暖めれば伸びるし、傷つければしぼむ、人間も植物のようにそれほど強いものではない-お金持ちの坊ちゃんという色眼鏡をかけ続けても、有益なものは何も生まれないことは国民の皆さんも周知のことでしょうに。
さて、理系出身の首相の自主退任に少しがっかりしているえびすが紹介する本はこちら。
本書の位置づけとしては新書とあるが、著者が語る内容は新書のレベルを超えているだろう。何も内容が難しいから新書のレベルを超えているというわけではない。紹介されている事例とその解説、そして応用の幅が新書のレベルを超えていると切に感じたからである。
企業のプロダクト開発、デザイン会社に勤めている方ならば、IDEOを知らない人はいないだろう。世界最高のデザイン・ファームIDEOで働くことが夢だという人も多数いるに違いない。そんな、世界最高に魅力的で実力のある会社の中では、どのようにして『デザイン』が生み出されているのだろうか。本書はチームがあるデザインを完成させるまでに、どういったステップを踏んでいるのかを懇切丁寧に紹介してくれる。
私の場合、デザインと聞くと「革新的」「斬新」といった《なんかかっこいい》単語が頭をよぎってしまう。SONYのVAIOシリーズやポルシェといった視覚的に素晴らしいと思うプロダクトしかデザイン性に優れているとはいえないだろ・・・この本と出逢うことで、自分のデザインに対する認識の狭さ・浅はかさを痛感するとともに、デザインの本質・位置づけ・応用性を明確に把握することの大切さ・有益さに気づかされた。IDEOの考える《デザインをすること》、それは何もプロダクトの範疇に留まるものでは無い。あらゆる分野に《デザインすること》は潜んでいる。この事実として、デザイン・ファームIDEOの仕事の多くは、プロダクトのデザイン業務以外に、学校や教育施設といった《人間との関わり方が重視される業界》のコンサルタント業務であることをあげておこう。なぜ、デザイン会社が全く違う分野であるコンサルタント業務をすることができうるのか?その秘訣はIDEOのデザイナー達が持つ《デザイン思考》にある。
デザイン思考の根幹にあるものは何か?それは《対象を徹底的に観察すること》である。ステークホルダー(SH)を明確にした上で、各々のSHがどんな場面で、どのような思いを抱き、どのような行動をとるのかを演劇や実経験を通じて把握する。いきなりプロダクトの外見がどうのこうのといった細かい所からはじめるのではなく、根本的な人間の欲求まで掘り下げた位置からデザインを思考する。IDEOのデザイン思考が優れているのは、デザインすることを3次元ではなく4次元(+時間)で考えていることだ。デザインを人間の一連の生活の流れに沿って考て、分析し、新たなデザインを構築すること・・・なるほど、IDEOのデザイン思考はコンサルタント業務の進め方と遜色ないものだ。
デザイン思考はどんな分野にも活かすことができる。製造業であれ、サービス業であれ、農業であれ、忍耐強い観察、時の経過と人間のありようの変化、人間の本質を捉えることはますます重要なものとなっていくだろう。点で終わるイノベーションではなく、線で繋がるイノベーションが要される時代が、今まさに始まろうとしている。
※久しぶりにブログを書くと駄目ですね、筆が進まないこと限りなし・・・。継続してある程度の量はこなしていかないと、スキルアップはおろか現状維持すらままなくなっていまうこと痛感いたしました。はぁ文章を綴るのは難しいなぁ・・・。
