さて、8月が始まりました。ここ数日は終電で帰宅することが多く、充実した日々を送っています…とはいっても、仕事ではないんですけどね。宮崎あおいちゃんに惚れて始めた写真撮影が、結構な趣味として育ち、グループで展示を開催することができるまでになりました。作品を展示することで、自分の視点ではなく、鑑賞者の視点を聞くことの楽しさと大切さを身にひしひしと感じる今日この頃であります。
さて、次はポートレートの作品を造ろうと意気込んでいるけど、なかなかモデルになってくださいとお願いする勇気がもてず、もどかしい気持ち一杯のえびすが紹介する映画はこちら。
「インセプション」とは日本語で「発端=起源」を意味する。私が「インセプション」という単語から頭に思い描くイメージは、新しいビジネスモデルや芸術作品といったものであり、比較的、明確な形ある像をインセプションととらえている節がある。しかし、本作で定義されるインセプションのフレームは非常に広範だ。心の変化を引き起こす些細な一言や言動までもインセプションとして考える。
インセプションはどうやってうまれるのか?それは自身が経験し、考え、蓄積してきた知識及び智恵によってうまれるものと考えられよう。そしてもう一つ忘れてはならないインセプションがある。それは、「洗脳」によるインセプションだ。洗脳と聞くと、どこか宗教くささを感じざるをえないが、本作の洗脳は企業テロとも言わんばかりの戦略をもって実行されるものである。
本作で印象に残っているのは、夢を多層に構築している点である。夢の中の夢、さらにその夢の中…あまりに深く夢の世界に入り込むと、現実の世界に戻ってこれなくなってしまう。例えば3層の構造を持つ夢を考えよう。一番深い層の夢から目覚めた世界は、まだ真ん中の夢の世界。そして真ん中の夢の世界から目覚めても、まだ浅い層の夢の世界…各々の夢の世界から目覚めるには、各層で「死」を体験する必要がある。そう、死を持ってしか現実を確かめられないため、仮に現実を夢と間違えてしまったときは、取り返しがつかない結果を招く。
また、階層に分かれる夢同士の世界は互いにリンクしている。上述と同じように3層の構造で例えると次のような感じだ。
・現実世界で地震が発生⇒3つの夢の世界でも地震が発生。
・一番浅い夢の世界で足を骨折をする⇒真ん中の世界では足を打ち身する、一番深い夢の世界であしをぶつける
・一番深い夢の世界で怪我をする⇒一番浅い層、真ん中の層には影響なし
・深い夢の世界になるほど時間の経過は遅くなる。
ここで重要なのは、リンクの方向性は一方向、すなわち深い層へ向かう方にしか働かず、その程度は層が深くなるほどに軽くなっていくということである。しかし、全てが一方向であるとは言い切れないだろう。例えば、夢精などは夢の世界の体験が現実の世界に影響を及ぼしているのは間違いないと考えられるからだ。時間の経過については、ベッドから落ちる時を想像すると理解しやすい。現実世界ではベッドから地面に落ちるまでにかかった時間が0.5秒だったとする。現実世界の1秒は夢の世界の12秒に相当すると考えられているので、ベッドから地面に落ちるまで6秒かかるわけである。つまり、夢の世界で無重力状態が6秒続く。6秒のうち、最初の2秒ぐらいでおよそ現実界でどんなことが起こっているかを把握する、すなわち警戒態勢に入る。よって、現実世界では夢を見ながらも0.17秒で警戒態勢に入ることができるため、受身を取ることができるというわけだ。
夢の世界の多層性の概念、夢の世界での天地創造、夢の世界の同時共有、夢の世界の時間概念さえ把握できればそれほど難解な映画ではないと思う。おそらく、難しいと感じている人の多くは、メディアにこの映画は難しいという概念をインセプションされたのではないだろうか
※少し構えて鑑賞に入ったのですが、何のことはない東浩紀の「クォンタムファミリーズ」を読んでいたおかげで、夢の多層構造についてはすんなりと理解ができました。まぁ、夢を題材にすると話はどこまでも広がります。眠っているときの夢だけでなく、やりたいことを実現するという夢にもであります。
