さて、暑い暑いといいつつ、電気代節約のために極力自宅に帰る時間を遅くし、帰宅してからは扇風機しか使わないように心がけている、エセエコ男えびすが紹介する本はこちら。
世界には様々な貧困が存在する。大きくは絶対的貧困と相対的貧困の二つのカテゴリーに分けられ、それぞれのカテゴリー内でさらにいくつもに分類される。本書の題名にある「子どもの貧困」についても、絶対的貧困の立場と相対的貧困の立場とで、その内容は大きく異なるものであろう。教育の世界にカテゴリーを絞ると、前者は「教育を受けることができるか否か」というレベル、後者は「高いレベルの教育を受けられるか否か」という具合だ。
本書は、日本における子どもの相対的貧困について、多数のデータを元に多角的な分析・解析を行っている。社会的な背景、とりわけ家族構成と行政の取り組みに焦点をあて、子どもの貧困に関連性が高い要素を明らかにしていく。
とくに、子どもの教育格差に関する分析はかなりの量にのぼる。統計的アプローチを通じて、母子家庭で育った子どもたちの学力が、一般的な父母子家庭で育った子どもたちよりも、かなり低いという事実が明らかとなる。この結果が示すことは、母子家庭における教育のレベルが低いということではない。逆に、父母子家庭の子どもが、より質の高い教育を受けているということだ。つまり、お金に余裕のある父母子家庭は、我が子を塾に通わせたり、家庭教師を雇ったりして、周りの子どもたちよりも「頭のいい子」にしようと奮起する。一方、お金に余裕が全くない母子家庭では、塾に通わせることなどできるはずもない…子どもの未来を思い、日夜仕事に励む母の言葉が心を打つ。そのうちの一つを紹介しよう。
「将来働けなくなったら、すぐ死んだほうがこどもに迷惑をかけないですむのではないかと考える」
上述にあげた相対的貧困層における教育格差の問題解決は非常に難しい。絶対的貧困ならば「みんなに平等に教育の機会を分け与える」という方向性で、おおよその問題は片つくだろう。しかし、相対的貧困層にあってはこれが通じない。政府サイドとしては「最低限の教育は受けているんだから、後は本人の努力次第でなんとかしなさい」という意向だろうか。しかし、相対的貧困層と一般層では、書籍の購入や質の高い教育を受けるチャンスなど最低限の教育+αのところで大きな差が出てくる。遺伝的な要素も影響してくるといわれているが、育った環境が子どもの学力に大きく影響を与えることは間違いない。
では、実際に日本政府は母子家庭に対してどのような対策をとっているのだろうか?生活保護政策による現金支給一番効果的な対策である。しかし、その支給額では、子どもに+αを与えてあげるには少なすぎる。日々の生活に全額あてがってもまだ足りないというのが現状であり、子どもの将来のために費やすお金など残るはずがない。
所得の再分配についても言及しておく。本来、所得を分配することにより高所得者と低所得者の差は縮まるはずであるが、日本では再分配により低所得者がの負担が増える政策を講じている。民主主義はどこへやら…これは格差問題の原因の一つ、とくにあってはならない原因の一つである。
こどもの貧困を解消するためにはどこから変えていけばいいのか?税額空除の改定、児童手当金の増加、正規雇用枠の増加等政府が取り組むべきことはたくさんある。今後、こどもの未来と関連する政策の多くが、子ども間の格差が解消される方向性を取ることを期待してやまない。
最後に…世の中には、格差を解消すると経済の成長が止まるという論客もいる。確かに正しいことだろう。しかし、子どもの格差は自分の能力でどうのこうのできる問題ではなく、その原因は社会環境に大きく依存せざるをえないものとなっていることを鑑みると、彼らに格差はあってはならないものだと理解できよう。
※生活保護や児童給付については結構グレーゾーンなところもあります。例えば、結婚して子どもが生まれて、資金繰りをよくするために、書面離婚をして、父母子三人で暮らしつつ生活保護の支給を受けるといったことも、法としては可能なわけでありまして…。うーん、善良な市民を期待するしかないのでしょうかねぇ…本当に難しい問題です。
