命の大切さ・尊さを感じるときはいつでしょうか?僕は電話で両親と話している時にしばしば感じます。両親無しに僕は存在し得なかったわけでありますから。で、この質問に対する答えは人それぞれで異なるものでありましょう…ってか違って当たり前ですね。みんなが同じだったら怖い怖い。たった一つの目標に対して全ての人間が邁進してしまうと、必ずどこかに歪が生じます。過去の歴史を振り返っても、その恐ろしさは至るところに垣間見ることができます…ふむ、全体主義はおそろしや。
さて、歳を重ねるごとに、老境の域への憧れが増してくのに対し、あぁ、我が人生もあと50年ちょっとかと思い浸っているえびすが紹介する書籍はこちら。
アポトーシスという言葉をご存知だろうか?本書によると細胞がある一定期間の後に自ら命を絶つことをいうらしい。その命の絶ち方は「自殺のような絶ち方」ではなく、次代の子孫のためにも歳をとった自身は、ここで退かなければいけないとう「次代を尊重した絶ち方」である。これを鑑みるに、人間の生態には「命の引き際」に忠実に従う機能が備わっているように考えられる。
さて、アポトーシスについてもう少し詳しく説明していく。アポトーシスの役割としては大きく二つある。一つ目が新しい細胞の居場所を与えるために自己消滅していく生態防御の役割。二つ目がウィルスやガン細胞といった内外の敵が現れたとき、異常をきたした細胞をアポトーシスの発動によって消去する生態防御の役割である。いずれにおいても「消える・いなくなる」という点において、人間の生命活動に欠かせない役割をになっていることがわかる。
このアポトーシスが上手く働かなくなると、ガンや糖尿病に代表される成人病やAIDSなどの疾患に陥るといわれている。ガンにおいては、本来死ぬべき細胞が死なない=アポトーシスが起こらないがために起こり、アルツハイマーなどは細胞がすぐに死滅してしまう=アポトーシスの期間が短いがために起こる。そしてAIDSにおいては、アポトーシスを起こさないHIVウィルス細胞が、正常な細胞にアポトーシスを促進する信号を送り続ける、一つの病気で二つの問題を抱えたやっかいな病気である。
著者はこのアポトーシスの異常がもたらす病気を治癒するにあたり、二つの方向性があると述べる。一つ目が、確率的に様々な薬を調合・試験して、当該する病気に効き目のある新薬を開発する方向性。二つ目が、アポトーシスをゲノム解析し、どういった過程でアポトーシスの異常が発生するのかを解明し、未然に異常が発生しないようにするという方向性である。大別すると、前者が企業の「開発」に、後者が大学の「研究」にあたると考えていただくとわかりやすい。
科学的な話も面白いのだが、本書の終わりにある興味深い話「死生観」についても少し紹介しておくべきだろう。著者は今の人たちは、死に対してネガティブな印象ばかりを持ち、一歩一歩迫ってくる人生の終焉を直視できない人が増えているのではないかと述べる。生きることが半永久的に続いたとして、人間はどういった人生を送ることになるだろうか?死という終わりがあるからこそ、人生を様々に色付けようと一生懸命になるのではないか?死について、今一度考えてみる必要がありそうだ。
※科学系の新書なんですが、とても平易な文章で書かれており、大変読みやすかったです。内容も、読み進める内にどんどん興味をかきたてるような構成になっており、おおよそ一読で「細胞の死:アポトーシス」について、簡単な理解が得られるのではないっでしょうか。それにしても、生物の死は不思議で神秘的なモノであります。生きること=サイクルがあること=一瞬の時間の大切さを噛み締めること…自身の人生・方向性について色々と考えさせられた一冊であります。
