2010年9月19日日曜日

The War, from the view point of philosophy...

最近は恋話をする機会がめっきり減ってきました。というよりは、みんな鞘に納まる、鞘に収める人が増えてきたわけであります。まぁ、友人の多くが20代後半から30代前半であることを考えれば、納得行くものでありますけれど…如何せん、僕としてはすこし寂しいような…いや、まぁそろそろ落ち着けということなんでしょうけれど…うーん、僕自身の直観として、あと4年くらいは鞘に収まる&収める機会はやってこなさそうな気がしてならないのですが…いと悲しきや。

さて、恋に恋焦がれる純情な心の持ち主なのだけれど、ここ最近は女性とはめっきり縁が無くなってしまったえびすが紹介する今日の一冊はこちら。

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過去を振り返って、長年に渡り戦争が絶えた時代はあったのだろうか?不思議なことに、我われは絶えず「争い」の場を、様々な理由にかこつけて設けてきた。戦争の起源を表に出すと、かなりしょうもないことであることは、みなよくよく承知のことであろう。小学生レベルの争いの種と何ら変わりないことが原因となって、世界大戦が起こったのは記憶に新しいところだ…もっとも、戦争に至るまでの過程を造り上げることにいたっては、大人のほうが数段巧みではあるが。

さて、本書では哲学的な観点に基づき「戦争」について論じている。巷に溢れる戦争論とは異なるポイントをぐいぐい突いていく。ヘーゲル、フロイト、ハイデガー等、個々の書籍で取り扱えば難解だと感じる哲学を随所で持ってくるが、彼らの小難しい思想をそのまま表に出すのではなく、あくまでも戦争というフレームの中で吟味し展開しているので、大変読みやすい。以下にバタイユ、レヴィナスそれぞれの思想に基づいた戦争観を紹介しよう。

まず、バタイユの恍惚という点から戦争を見ていく。バタイユの思想を理解するには書籍「エロティシズム」を進めたい。その思想を簡単に述べると、「禁止されていることに人間は手を出さざるを得ない心境に陥る」というものだ。戦争にもそんな一面がある。太古においては戦争も単なる一事象にすぎないものであったのだろうが、文明の進化・利己の保護(逆説的に聞こえるかもしれないが)のために、争いはよろしくないものとして、「世界レベルの統一規定」を設けてしまった。そうなると、どうなるか?人間には本能的に周囲の者達よりも優れた能力・権力を持つことを望み・見せたがる生き物である。その欲望を抑圧されるとどうなってしまうだろうか?これは我われの日常にもしばしば見られる現象を引き起こす…そう、「キレル」だ。抑圧のために肥大した欲望は、時にとんでもない形で表に出される。「キレテイル」=「我を忘れている状態」=「一種のエクスタシー・恍惚状態」…バタイユの考えに従うならば、この状態に陥るには「人間の意志」が必要であり、その意志決定において「現在の否定」が要件となってくる。往々にして否定を選択する過程には、自分の現在の有り様から脱したいという思いが内包されているものであるが、これは一般的に言われるような「逃げ」ではなく、そこに強制的に向かわせられざるを得ないということである点注意されたい。そして、何よりも重要なのは、人間は恍惚状態に陥った後、再び正気を取り戻し以前となんらかわらない生活を送ることができるということだ。かくして、人間は<悪>とならざるをえない生き物であるわけだ(悪については一考の余地があるが、ここでは世間体で言うところの悪と考えていただきたい)。

次に、レヴィナスの全体性から戦争を考えるとどうだろうか?レヴィナスは個々の存在性が埋もれてしまった状態における「ある」に注目する。なるほど、戦争というフレームを考えたとき、そこにはもはや個を確かめることができず、ただ「ある」に成り下がってしまう。この「ある」の状態をil y a というのだが、この状態に陥ると我われは「自分」とは何者であるのかを見失ってしまうわけだ。そこで直面する恐怖、それは「死ぬこと」ではなく、「死ねないこと」である。自身の選択として死を選ぶことはできるのだが、そうなると自身の望みは達成されるのか定かでないため選択するものは非常に少ない。死ねないことに対する否定として、われわれが選択するもの、それが「世界戦争」である。自身が死ねないのならば、周囲のものに死を強要するしかない…かくして、世界各国で人による人の大量殺戮が広まることとなった。

人間の本質から戦争論を考える…なるほど、そこまで深く降りていかないと本当の起源など見つかるはずが無い。また、降りていったとしても、明確な答えを得られるわけでもない…「ここまで理解した」という線引きを自身の中でしなければ、およそ終わり無き読書の旅に繰り出すことになってしまうだろう。本書を読んで、痛く実感したことである。

※戦争論ときくと重たいイメージを抱くのが普通でしょう。巷に溢れている戦争論の多くは、表層的な歴史を辿った程度のものが多く、あんな悲惨なことは繰り返してはいけないと思わされる書籍が大多数を占めていることでしょう。しかし、そもそもの戦争の原因は何かを探った書籍は非常に少なく、「なぜ人間は世界レベルの戦争を行うようになったのか」について、より人間の本質に近づく学問であろう、哲学から攻め込んでいる点、本書は稀有な書籍の一冊であります。時間に相当な余裕がある人は是非読まれることお勧めします。随所に出てくる哲学者の主著書もあわせて読まれると、一層味わい深い読書ができること、間違いありません…と僕は思います、はい。