2010年10月13日水曜日

Could capital become a caterpillar of our life ?

小難しいことばかり考えていると、逆に思考が固まってしまいますよ。流転のごとく、思考も変わるものです。とはよく言われたもので、でもねぇ、考えるのって辞めようと思っても辞められないんですねぇ。不思議なもので。考えるのが嫌いな人がいるように、考えないことが嫌いな人もいるということです。日常の些細な事に対して、「お、これはここに活かせるんじゃないか?」「まてよ、これこれをここに移行させれば…新しいビジネスが展開できるじゃないか!」まぁ、どんどこ出てくるわけでありますね。多分、ある臨界点を越えると、自動的に「一つの思考の答え」が出てくるまでになるんでしょうが、僕の場合はまだまだそこまで達していないわけでありまして。「日々、これ考えよ」を貫きますよ~あと20年は。

さて、頭を使うこと=エネルギーを多大に消費すると信じて、歩くこと以外の運動を全くせずに体型維持に努めている自称歩く虚人えびすが紹介する一冊はこちら。

商品の詳細

ジジェクが広く知られるようになったのは、アメリカの同時多発テロ以降だろうか。他の論客とは良い意味でも悪い意味でも一線を画す鬼才ジジェクが、ポストモダン世界の社会情勢・政治動向・経済動向についての辛辣・鋭利・奇抜な自論を、惜しげもなく我われに提供してくれるのが本書である。

グローバル資本主義、エコ資本主義、ロハス主義、イスラム原理主義etc。世の中にはなんと様々な「主義」が転がっていることであろうか。しかし、各々の「主義」がどういった経緯で築かれたのか、誰が何を思って当該「主義」にどっぷりつかっているのかといった、一歩踏み込んだ調査・勉強をした覚えは無い。が、それらを理解しておくことはmutual-relationshipを築く上で大切なことである。今回はエコ資本主義について、ジジェクの考えをともに少々深入りしてみよう。

エコロジー+資本主義≒エコ資本主義。しばしば、企業・個人は社会的貢献という「善意」を掲げて、そこに「資本」を投入するスタイルを取ってきた。…「Reduce/Reuse/Recycle、地球に優しいことを始めましょ」「絶滅危惧種を量産しているのは人間です」…発端は世界各国の個人・機関であろうが、人間の心に響く「綺麗な言葉」をフラッグに、世界中の人々をエコを合言葉に啓蒙することに成功したのは素直に認めるべきであろう。では、その成功の「カタチ」はどうだろうか?「エコ」という「表面綺麗な商品」の資金集めの容易さ、それに投資する人達の期待のあり方・裏切り方、そして成功者というレッテルにあこがれる「希望主義」etc。これらの水源を辿ると、どこにいきつくだろうか?

40年まえの"革命"を経て、資本主義社会に入り浸る我われ人間たちが獲得したものはなんだっただろうか?今一度、それらを列挙してみよう…シニシズム・スノビズム、嫉妬的・楽観的希望主義、自己責任の放棄・責任の転嫁/転換…書き連ねるのもいやになる言葉ばかりが出てくる。「失われた過去の負の遺産」としばしば言われることに至極納得させられた気分だ。では、そんな負の遺産を生み出すに至った背景はとはどんなものであったのか?…なるほど、ジジェクの考える「資本主義の姿」が、これほどまでに辛辣な様相を呈している理由が腑に落ちよう。

※資本主義を事例を踏まえて、メタメタに斬っちゃうジジェク。そのスタイルには賛否両論起こりそうですが、非常に過激(あくまでも批判に徹しており、案の提言にまではいたっておりません)な独自の考えを、惜しげもなく表に出してくれる研究者は少ないものですから、僕としては嬉しい限りであります。一歩、二歩ほど距離を置いて、資本主義を俯瞰することの大切さを改めて感じた一冊です。大学生以上の方には是非一読されることお勧めいたします。