2010年10月10日日曜日

Not only philosophy, but also way of life we should learn from him.

秋も深まり、食べ物も美味しい季節になってまいりました。今日は秋刀魚を自由が丘の東急ストアで調達。家でフライパンで焼いていたのですが、出るわ出るわの旨み脂。鮮魚は脂のノリが違いますね。冷凍品ではこれほどの脂は出ません。とはいえ、冷凍食品の素晴らしい点もたくさんあるんですけれど。とくに、保存期間に関してはそら、凄いですよ。冷凍したカレーなんかは6ヶ月保存しても、十分に食せましたしね。え?お前の胃がおかしい?だてに蝦蟇の胃袋を持ち合わせていません。※みなさまは真似されないほうがよろしいかと思います。

さて、そろそろ若気の至りもほどほどにして、規則正しい食生活を送ろうと計画はするものの、なかなか実行に移せずに自暴自棄になりがちなダメ男えびすが紹介する書籍はこちら。

商品の詳細

プラトンは哲学の世界に多大な功績を残した人だ。ソクラテスが書籍を残さなかったため、哲学の祖とも言われている。プラトンが後世に残した有名な概念はイデア論であるが、私自身、当のイデアとは何を指すのかについて深く考えたことはなかったように思う。本書を読むまでは「物事の起源にある理想の世界」=「イデアの世界」という、何とも浅はかでは済まされない程度の知識しか持ち合わせていなかった。

本書は、プラトンに関し、極浅い知識しか有していない私にも、理解できるように非常に平易かつわかりやすい文体で書かれており、すらすらと読み進めることができた。著者の分を書くという力量は相当なものであろうと思われる。プラトンについて浅はかな知識しか持ち合わせていない私が、その哲学について紹介するのは、何とも恥ずかしい限りであるが、プラトンの人物像について少し述べさせていただきたく思う。

プラトンのイデア論は中期に完成したのであるが、その内容については後期にプラトン自身も過誤がある点に気付き、その点修正した。攻防も筆の誤りという諺はよくできたもので、賢者でも間違えることはある。プラトンの素晴らしい点は、自らの間違いを認めたことだ。無理に自分の考えに固執するわけではなく、周囲の人の意見をしっかりと聞き、その上で間違いがあるならばそれを修正する…文字で並べるとなんだ簡単なことじゃないかと思われるかもしれないが、実際に行動に移すのは至難の業だである。一度造りあげた像、とりわけ観念的な像というものは壊しにくいものである。

晩年期の「ティマイオス」についても述べておかなければいけない。その内容は、これまでにプラトンが著してきた作品とは「袂を別つ」とまではいかないが、かなり趣が異なる。そこに見られるのは、一種の「諦念」に落ち着いたプラトンの姿だ。それまでの完璧を求める(たまに【例外】もあったりするのだが)姿勢を貫いていたプラトンであったが、晩年には「~らしい」でよしとする言説が多々見られ、完璧を求める姿勢はかなり薄れたのは間違いないだろう。長年描いてきた理想も、肩を張って相手に押し付けていても、一向にうまくいかないことに対する「諦念」が湧いてきたのだろうか。人間らしさに溢れたプラトンを知ることもまた良い機会だろう。

偉大な哲学者プラトンでさえも、自身の思想を「欠点なく完璧な状態」で世に送り出すことができたわけではない。長い年月をかけて、随所で修正を行いながら「イデア」を目指したのだ。そして、晩年の著作から何を見出せるだろうか?ほどほどの「諦念」…日本社会が忘れてしまった大切な「考え」を今一度呼び戻したいものである。

※本書はプラトンの哲学という表題でありますが、僕としては、何よりもプラトンがどうやって人生を全うしたのかを辿って欲しく思います。自身の過ちを認め、晩年には完璧を求めない心も持っていた、哲学の祖プラトン。彼の生きること・学問・政治に対する姿勢には、現在社会に生きる僕達が学ぶべき点がたくさんあるように思います。そこを是非汲み取っていただければと思います。