さて、秋の終わりの茜空に、哀愁の思いを投射しつつ、明日があるさとポジティブシンキングに浸りたい思いで一杯の独男えびすが紹介する一冊はこちら。
「生とデザイン」
我われがデザインに求めるものは何か。デザインが醸し出すものとは一体何か。そもそも、何を持ってデザインと定義するのか…。問いを重ねれば重ねるほどその本質は見えにくくなる。逆説的ではあるが、知れば知るほど本質から遠ざかっているかのように感じられてくる。このような経験をされた人は、相当な猛者であるに違いない。一人夜中まで物思いに耽る…あぁでもない、こうでもない、これはどうだ?いや違う、あの考え方はどうだったか?応用はできないか?いやだめだ…気付けば窓から光が指し込んでいたという経験を持つ方もいられるだろう。
本書は、デザインの起源に始まり、それに向き合ってきた人たちの思想・哲学、人間が生きることとそこに潜むデザインのかけらについて、美しくも切れのある論説を展開してくれる。肉体的経験からデザインに落とし込む方法、精神的経験をデザインに造り上げていく過程、デザインが生まれる過程は、同じ時代に生きた芸術家たちの間でも様々である。
さて、今回は20世紀後半以降のデザインに焦点を当てて本書を紐解いていこう。この時代にデザインは産業・学問・社会でどのようなポジションを獲得してきたか?産業としてはプロダクトにその変遷を見ることができる。視覚的な快適さ・機能的な美・周囲とのマッチング…根幹にある「理想のデザイン」そのものは19世紀のそれと大きく変わっていないように感じる。そして、学問の世界で「デザイン」が適用される『フレーム』の枠がぐっと広がったことは、非常に興味深いと同時に注意を払うべきことだ。生態学、人類学、工学、医学、天文学…およそ、全ての分野において「デザイン」なる言葉はなんらかのポジションを獲得しているものと思う。これほどまでに広範にデザインが拡張して用いられるに至った背景には、単に「響きがかっこいいから」という理由もあるだろうが、各々の分野が提唱する「デザイン」は相当に奥が深い点も見逃してはならない。私が研究していた分野でいう「デザイン」とは、使用環境(水環境・高温環境・高湿度環境・応力振幅環境)に応じて最適なマテリアルを設計するというもの。近年では複合材料(Carbon Fiber Reinforced Polymerとか)の研究における材料設計を「デザイン」するといった具合に使っていた記憶がある。
一言にデザインといっても、それが言い表すところは各学問・産業分野で千差万別であろう。しかし、全てのデザインには共通するものもある。それは、「誰かのために・何かのために役立てたい」という心がそこに内包されていることである。個々の小集団単位で進化・成長を続けるデザインの「木」たちが集まり、一つのまとまりとして「林」へと成長し、長い年月を経て「森」へと成長する…なるほど、デザインという言葉がもつ魔力には心躍らされるわけだ。
※おもえば僕の研究室も「~デザイン研究室」という冠名を持っていました。学問の世界でデザインはどんな形で用いられているのかを実例で示したく。M. AshbyというMaterial Scienceの世界で高名な学者が創りあげた『Ashby Chart』を紹介いたします。

このChartは数式を基に、使用目的にあわせてどのようなMaterialがどれほどの機能を備えるかをわかりやすいfigureに落とし込んだものです。上の図ではヤング率と密度の関係を示しています。ちょっとマニアックな世界なんで、中身は割愛いたします…話し出すと止まりませんから(笑)。Ashby先生には実用的かつ、理解しやすい図を作ることで、実学の世界でも大いに活用してもらいたい思いがあったのでしょう。科学者の「愛」を感じ取ることが出来る素晴らしいChartであり、学問から実学への橋渡しを上手く成し遂げた実例として、見習うべきところが多々あります。おのれのフィールドで積上げてきた知識・技術を他者のフィールドへ応用する…理想の形ですが、これがなかなか難しい。自信も精進せねばと思う次第であります。

