大好きなことに熱中すると時間を忘れる…歳をとると時間が立つのが早くなる…面白いもので、二つの時間の感じ方の核は供に「時間が過ぎるのが速く感じる」というものなのですが、その感じ取り方は大きく異なるように思います。前者は、未知のものにふれあって「なんじゃこりゃ」と思っているうちに時間が過ぎていくのに対し、後者は、いろいろ知りすぎてすぐさま直感的に物事・事象の展開を捉えるうちに時間が過ぎていくように思います。前者は頭をフルに回転させて、倍速で脳を酷使することにより時間が早く感じる、後者は反対に、直観で物事・事象がどのような結果に至るかがわかってしまうので、身の回りの様々な物事・事象が頭の中を通り過ぎていく。しこうして、時間が早く感じるというわけです。まぁ僕の考えなんで、科学的な根拠は全く無いんですけれどね。
さて、理系の道から外れて早3ヶ月、最近妙に数式と向かいたい思いがふつふつと湧き上がってきているけれど、いざ向き合うとそっぽ向いてしまう軟弱男えびすが紹介する一冊はこちら。
われわれが生きている世界は何次元だろう?次元という言葉を覚えたのはおそらく小学生時代のTV番組特集からだったと記憶しているが、次元の概念を理解したのは中学校に入ってからだった。先生は「この世界は3次元で成り立っている」という類の言葉を発していたように記憶しているが、その後、高校に上がってのち、世界はデカルト座標の3次元に時間軸をあわせた4次元であることを理解したものだ。
次元の概念は様々な事象に展開できる。あるフレームの中での原子の動き、統計データの解析、人間の人生etc…それぞれ特有の「次元」を有しているのがわかるであろう。例えば統計データの解析であれば、x=全体売上量 y=リピーター率 z=市場全体の変化 t=時間 α=年齢層 β=各時間の売上量と6次元の世界で統計データを考える必用がある。「数学は苦手」と言っておきながら、実務では学校で教わらないようなレベルの次元を容易く扱っているのだから、ビジネスの世界で働く人たちのポテンシャルはあなどれない。
さて、本書の中身に入っていこう。我われは宇宙を4次元(3次元のデカルト空間+時間)でとらえている。これは教科書にもその図が描かれていることから、宇宙の一概念として広く受けとめられている。だが、それは本当に宇宙は4次元の世界に収まっているのだろうか?銀河なるものは、外に開かれたまま、膨張し続けているのだろうか?
現行の考え型に則ると、宇宙には「端」が存在することなり、そこにいたった時には何が起こりうるのか予想ができない。いくら宇宙が膨張しているとはいえ、短い時間でとらえれば「端」はその都度そこに現れるはずだ。だが、それでも、概念として捉えることができない…色んな考え方が展開されてきたがイマイチ腑に落ちる物が無い…宇宙を4次元の世界で考えている限り、それを頭の中に思い描くことはできないままだ。ではどうする?宇宙を4次元で考えなければ良い。
いきなり4次元でとらえるなといわれても、理解に困るものだ…一度染み付いた概念というものはなかなか拭い去れないのはどの世界でも共通のことである。大切なのは、新しい概念・考えに出会ったときに、自らの頭を使って考え、理解しようという心だ。というわけで、4次元の宇宙観から脱出し、新しい宇宙を頭の中に思い浮かべていこう。
まずは宇宙の平面化から考えてみる。3次元にばーッと広がっている宇宙を平面に落とし込んで考える。身近な例で言うところの「写真」を思い浮かべてもらえれば良い。
苦労して、何億年もかかって宇宙の端までをくまなく「写真」に収めることができたとしよう。各々の写真を繋ぎ合わせてると3次元だった宇宙が「2次元」の世界に収まる。次に、この写真を丸めて、上下、左右を繋ぎ合わせて欲しい。すると、ドーナツ状の3次元の宇宙が出来上がることがわかる。この宇宙にあっては、一つの方向に進むと、グルーッと宇宙を周るだけで、「端」に行き着くことは無い。閉空間の宇宙が出来上がったわけだ。さて、ここで注意していただきたいのは、我われが思い描く3次元の宇宙が、ドーナツの表面に「乗っかっている」点である。ドーナツの中に存在しているのではなく、その表面に存在している…ふむ、難しい。
本書で描かれる宇宙は、さらに広がりを見せていくのだが、これ以上は上手く説明できそうに無いので、ここで筆をおかせていただきたく思う。深遠な世界をのぞくこと、頭を唸らせながら、何時間もかけて事象を把握すること…是非とも若いうちに経験しておきたいことである。
※おそらくこれまで紹介した書籍の中では、「書かれている内容を理解する」という点で断トツのNo.1に位置するかと思います。ぼく自身も相当に頭を痛めました、はい。4次元の宇宙をぶち壊せといわれてもねぇ…新しい像を思い描くにあたって、生半可な思考・短期的な解決の期待をもってしても、有益なものを得られる可能性は低いと思います。じっくりと腰をすえて、長い目で見て理解に励む。問題に直面した時に、すぐに答えに走ってしまう現在の風潮の下では「煩わしい」と思いのことでしょうが、一流の人はこれを「楽しい」ことと捉え、ああでもないこうでもないと考えるそうです。これを繰り返して、一つの自分の理解像が組みあがるわけですね。比較的時間に余裕がある学生時代に、頭を使いまくって「楽しい」世界を経験すること…今一度、世の中に呼び戻したい流れであります。
