2010年12月8日水曜日

"Long time no see" could give you a lot...remember.

反逆者という存在に出会う確立はどれほどであろうか。僕の26年の人生を振り返ってみても、「反逆者」なる人についぞであったことはない気がする。みんな良い人ばかりで、ちょこっと幸せすぎる人生を送ってきたのかもしれないです。さて、翻って過去に遡ると、「「反逆者は歴史に名を刻む」傾向にあるようです。ブルータスのカエサルに対する裏切り行為は有名ですし、日本の戦国時代・明治維新時代は数をあげればきりがないくらい反逆者で溢れ、刻まれた名をここに記すのも億劫なほどであります(代表者として維新に立ち向かった西郷隆盛をあげておきます)。反逆者に共通することは、圧倒的な力を持つものに対し、反旗を翻すことでしょうか。もっとも、その翻し方は千差万別の形をとります。大勢が集まって1人の権力者を貶める場合もあれば、一対一で決闘を申し込むような場合もあれば、策略的に近づいて毒を盛る(アサシンに近いですね)といった場合も。一番かっこいいのは一対一の闘いでしょうが、戦略的にはもっとも無謀な行為でもあります。いやはや、かっこよさとスキニーさは別物なんですねぇ…うーん。

さて、学生時代は反旗の翻しすぎで、いろいろな人に迷惑をかけていたなぁと振り返りつつも、未だに反旗を納められない自分を自覚している、迷惑オトコえびすが紹介する一冊はこちら。

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19世紀から20世紀初頭にかけてのフランスの絵画史は正に黄金期である。いや、正確には革命期だと記したほうが適切だろう。1789年にフランス市民革命が勃発してのち、フランスの政治・文化・大衆意識は大きく変革した経緯はよく知られたところであろう。貴族中心社会から大衆中心社会(ブルジョワジー)への一歩がここで始まるわけだが、その門出は何とも危なげなものであったようだ。何せそれまでは従順に上から令に従っていた民衆が、農具・工具を持ち出して革命を起こしたものだから無理もないかろう。一介の市民をなめきっていた貴族が、武器を片手に怒りたけった市民に出くわし蒼白する顔がありありと脳裏に浮かぶ。

さて、そんな激動の時代に描かれた絵画とはいったいどんなものであったのだろうか。少し、その流れを辿ってみたく思う。革命以前、画家の仕事は主として貴族社会から降ってくるのが普通であったようだ。その数は相当な数にのぼり、貴族の名は知らないが画家の名は良く知っている作品にしばしば出会うことしばしばだ。一つのステータスとして、画家に自画像を描かせたのか、もしくは若い時代の美しさを後世に見せ付けるために描かせたのか…まぁ理由はいろいろあろうが、概して画家と貴族のバイパスは相当に強かったようである。
もう一つ忘れてはならないのがアカデミーの存在だ。ルイ14世のもと(実質的には右腕のコルベールによるところが大きいといわれているが)、1648年に設立された絵画彫刻アカデミーでは、古代やルネッサンス時代の絵画の模写が日常的に行われていたようだ…アリストテレスにまで遡る美学をこの時代の学者(画家と位置づけるかは微妙なところだろう)達は追い求めていたのだろうか。なお、この時代のアカデミーの作品に肖像画が多い理由として、絵画の順位付けがなされていたためであることはご存知のことだと思う。絵画としての「出来」以前に、人物を描く肖像画、自然を描く風景画、そして無機物を描く静物画の順番でその作品の価値が決まっていた点に甚だ疑問点を抱く人が多いのではなかろうか…私だけかもしれないが。当時の画家達も同じ様な疑問を持っていたに違いなかろうが、しかし「飯を食う」ためにも、その世界に無理をしてでも馴染まなければいけなかったことは察するに容易なことだ。

市民革命後もアカデミーは存続したが、絵画の世界における権威は次第に衰えていくことになった。貴族文化の惰性で生きていこうにも、ブルジョワジーが政治経済、しいては文化の世界で幅を利かせるにあわせて、絵画の分野も大きな変化に見舞われることとなった。革命以前、アカデミーが主催する「サロン」の入選によって、画家は仕事を貰ってきたわけであるが、革命以後はその系譜から外れる流れが生まれる・・・それが有名な「サロン落選展」である。

今日の絵画の世界で高い評価を受けている作家の多くが、落選展と密接な関係を持っていることは良く知られたところだろう。日本人が大好きな「印象派」の流れが、落選展にあるのも興味深いところである。落選展に集まる作品は、アカデミーの規律に沿わない作品が多かったようだ。代表格であるマネの作品を見れば、「あぁ、なるほど。アカデミーに反旗を翻した作家の新しい活躍の場だったんだ」と納得されることだろう。ただ、マネ自身は、それを表立って言明しなかったようではあるが…ある意味、世渡りの上手いオトコだったと考えられる。

さて、マネの「アバンギャルドさ」を、一層高めた作品を送り出した作家としてクールベがいよう(私が勝手にそう位置づけているのだが)。彼がキャンパスに描いた絵は、どれも「従来の規律・規則」に対し、真っ向から立ち向かっていくものばかりである。オルセー美術館に所蔵されている大作「オルナンの埋葬」から放たれる「妖気」にも似た凄み・批判性は言葉では表しがたい。是非とも生で鑑賞し、絵画が放つ空気感をじっくりと味わっていただければと思う。

思えば、今年は結構な作家の作品が多数海を渡ってやってきたように思う。マネゴッホモネドガドーミエ…みな素晴らしい作品を残した作家の企画展が目白押しだったように思う。なんとも、贅沢な国に生まれたものだなぁと思うばかりだ。
これほど多数の大作が日本で展示することができるのも、全てオルセー美術館の改修のおかげであろう。さて、改修後はどのような姿を見せてくれるのだろう?もっとも、現代アートとの線引きは明確に出してくるとは思われるが、興味深いところである。

※絵画の歴史をたどると、また違った面で作品鑑賞をすることができます。新しい気付きを得て、同じ作品を見ると、不思議と新しいストーリーが頭の中にほわっと浮かんでくるんですね。本当に不思議。そして、なにより知識というものは時の経過と共に変化していくものであります。色んな要素が組み合わさることで、たとえ同じ主題であったとしても、以前のそれとは全く異なる「カタチ」になっているものです。なので、「また同じ作品がくるのか~」と言って、美術館に足を運ばないのは結構勿体無い。年齢を重ねてこそ見えてくるものもあります…っとひよっこの僕が言っても説得力ないですね、すいません。