2011年2月18日金曜日

The Conclusion of the Value Increase in Exchange can not be Grasped still...

思えば2008年の経済危機から早二年が経つんですね。当時、研究室の友人達と「どれくらいで経済は盛り返すかね?」と議論した記憶があります。どこかのお偉いさんが「半年」とか述べていたようにも記憶していますが、当時の僕達で意見が一致したのが2年くらいだろうというもの。「経済の変化の早さ」「新興国の経済基盤の確立」「資本の移動の容易性」etc色々な要素がでましたね。いや、楽しかったなぁ。さて、この2年という数字、かなりの速さです。ITバブルがはじけた2002年から経済が本格的に上昇気流に乗ったのは2005年後半のこと。この間、3年半くらい。で、最近耳にする各企業の業績は、経済危機前の数値に戻ってきているところが結構な数に昇るようです。ただ、依然として雇用については、厳しい数値のまま推移すると僕は思うのですが。

さて、2年前のことを振り返りつつ、今の自分の姿を俯瞰して、「さて、これはどうしたものか」と頭を悩ます日々を送っているオトコ、えびすが紹介する一冊はこちら。

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資本主義についてはしばしば考えさせられる。とりわけ、昨今のユーロ危機、ドル価値の下落、金の暴騰を目の当たりにすると、貨幣とは一体いかなるものかについての思考がぐるぐると旋回し始めるものだ。貨幣経済の根幹にまで遡ると、モース「贈与論」を踏まえる必要があろう(贈与論についてはまた後日紹介させていただきたく思う)。

さて、一つの共同体の中では、物資の交換価値はそれほど変化してこなかった。それは、近距離で取引が完結するため、交換の頻度が少なく物資に付加価値がつきにくかったためであろう。では、いつ頃から交換価値に変化がうまれたのか?大きな転換点となったのは、物資の「長距離」間取引が始まった頃だと推定される。人間の好奇心からか、我われ人間は常に新しい土地を見つけ出そうとしてきた。そこに求めたのは土地そのものであるのか、食料であるのか、それとも仲間であるのかは定かではない。真相をしるは、当時の人たちだけである。争いが起こったにせよ、協定が取り行われたにせよ、既にその土地に居を構える集団との間で、物資の交換取引が行われたはずである。もちろん、前者においては強制的な搾取もあっただろうが、ある条件下=力の拮抗においては少々想像しがたい。この、長距離間における交換取引により、「集団間における同一物資に対する価値の違い」「交換に伴う物資の移動とそれに伴う手間賃」が生まれることとなる。「これだけの手間をかけて運んだのだから、それだけの【付加価値】この物資に付してもいいのではないか?」「え、この集団では、米一俵の価値が魚一匹もあるのか?」…明確な線引きを行うのは難しいだろうが、このような背景から物資の交換価値は集団を介して増大していったものと考えられよう。ただし、上記二項のどちらが主となって物資価値が高められたかについては、定かではないところもあろう。

時代が下ると、個々の取引でも、上述のような交換価値に変化が現れてくることとなる。そこには埋め込まれた価値は、私的な欲が大半を占める。自分の利益を高める…ちょうど、かつての集団の長が行ったこと=自身の所有する高価な物資を自らの手によって破壊するとは反対の方向に向かう道を選択するに至ったようだ。この背景には、人間がひとりで生活するに十分な社会基盤が整ったこと・種の存続に対する懸念の消失が大きく影響しているようだ。集団本来の目的は、もはや有効な目的とはなりえず、集団の先にある-よくよく考えてみると原始の世界に下るものではあろうが-個の存続に目的が定められたかのように見えるが、そうではない。ここで、我われが目的とするは、「自身の優位性」を社会に示すこと=虚栄心である。

このように交換価値について時代を追ってたどると、我われが築きあげた経済システムにはもの悲しい面影を見ざるを得ないだろう。個の虚栄心を満たすために、どれほど世界全土に皺寄せが起こっていることだろうか。経済危機からはや2年。我われが築いたシステムを再考するには少し短すぎたか、今復活しつつあるそれに、以前のそれとの違いを見出せないのは私だけではないはずだ。もっとも、頭に描きうる理想のカタチすらも描けない私の戯言に過ぎないのだろうけれども。


※最近経済関係の書籍紹介がおおいような・・・多くの企業の年度末決算が近い事もあり、ちょっと意識しちゃっているところがあるかもしれません。スミマセヌ・・・。今回の書籍は以前より紹介させていただきたかった一冊です。モースの贈与論とあわせて読まれると、貨幣経済の誕生と今後の展望に対する理解が深まるのではないでしょうか?両書籍とも平易な文章で書かれていますので、読んでるうちに「眠くなる」ようなことにはならないのではと…断言はできませんけどね。